「天風録」中国新聞から引用

「天風録」 2014・1・29[水)
 役者の心得とは役になりきること。それを声優の永井一郎さんは「人間をつくること」と表現した。46年もの長きにわたり「サザエさん」の父波兵の声を演じてきた。その体験が言わせたらしい。
 不思議なことに磯野家は、家族の誰も年を取らない。推定53歳の父にしても放送開始時は大正生まれだったが、今や戦争を知らない世代に。つまり同じ波兵でも人生経験や時代背景がが異なれば、おのずと子供の叱り方も変わってくるに違いない。
 無理に時流に合わせるよりも、どんな時代にも通用する父親を表現しようー。思いを吹き込んできた。体調不良で声がかすれても、なぜか芋焼酎を飲めばすっきり。世界一のアニメ番組はそうして「理想の父親像」を生んだ。
 仕事で訪れた広島市内でおととい倒れ、82年の生涯を閉じた。「バカモ〜ン!わしを放って逝くのか」。いつの間にか父親ほど年の離れた波兵に、きっと大声で叱られたに違いない。
 15年前、やんちゃな磯野家長男を演じた高橋和枝さんが亡くなり、永井さんの弔辞が涙を誘った。「カツオ、桜が咲いたよ、散歩にでも行かんか」。不老長寿の天国で、親子の楽しい語らいをいつまでも。

  ※『 サザエさん』は、長谷川町子による日本の漫画、およびそれを原作とするテレビアニメ。また、その主人公である「フグ田サザエ」の呼び名である
             
東京都世田谷区、桜新町駅前に設置されているサザエさん一家(磯野家)の銅像
      (磯野波平・磯野カツオ・磯野ワカメ・磯野フネ)